第3回(2025年度)
受賞者
菱山 湧人 氏
受賞論文
“The Chuvash Postposition valli and the Mari Postposition verč: Focusing on the Case Marking of Complements”
授賞理由
本論文は,ヴォルガ川中流域に隣接して分布するチュヴァシ語(チュルク系)とマリ語(ウラル系)の類義の後置詞の格支配パターンに着目している.筆者は先行研究を踏まえながら,まずはチュヴァシ語のvalli「~ために」とマリ語のverč「~ために」がいずれも主格・与格・属格のいずれかを支配する点で共通することを示している(ただしマリ語のverč「~ために」のみが理由を表しうる).次にコーパス調査から,両言語の後置詞に共通して,普通名詞が先行する際には圧倒的な頻度で主格が現れるが,代名詞が先行する場合には主格よりも与格または属格の方が遥かに多いという分布を示すことを明らかにした。結論として本論文では,周辺言語および同系言語の状況も踏まえながら,このような3種の格標識の現れはチュヴァシ語とマリ語の言語接触による蓋然性が高いことを主張するとともに,与格標示の出現は改新であるという仮説を提示した.
選考委員会では,隣接しかつ系統の異なる2つの言語の後置詞に先行する名詞句の格標識における特異な分布と頻度に注目し,かねてから指摘されているチュヴァシ語とマリ語の言語接触の痕跡を現代語コーパスから見出そうとする着想が高く評価された.コーパスから抽出した100例ずつというサンプル数や類似性判断の妥当性などに若干の不安も残るが,手堅い研究手法と慎重な論述に加えて通時的な考察も本論文の価値を高めているものと評された.
授賞式
授賞式は,2025年9月27日(土)に日本北方言語学会第8回大会において行われました.授賞式では日本北方言語学会の堀博文会長より賞状と記念品が贈呈されました.

受賞者のコメント
この度は第3回津曲敏郎賞を賜り、誠に光栄に存じます。選考委員会の皆様、本受賞論文の査読・編集にあたってくださった皆様に感謝申し上げます。
また、これまで私を指導してくださった先生方や先輩方、家族をはじめ私を支えてくださった皆様、そして津曲敏郎先生に感謝申し上げます。津曲先生とは残念ながら対面でお会いしたことはございませんが、院生時代、『北方言語研究』に初めて論文投稿した際にメールでやり取りをいたしました。書式など細かい修正点をご指摘いただき、大変勉強になったのを覚えております。
今回の受賞論文はヴォルガ・カマ言語連合に属するチュヴァシ語とマリ語を扱っており、同言語連合を対象とした研究課題は科研費の助成を受けています。また、本論文の内容は2021年に行われた日本言語学会第163回大会および2024年にポーランドで行われた第21回国際言語学者会議での発表をもとにしています。日本学術振興会およびこれらの学会で質問・コメントをくださった方々にも感謝申し上げます。
国際学会で出会ったヨーロッパの研究者らは同言語連合を対象に最先端の研究を行っています。彼らに続けるよう、今回の受賞を励みに、今後も精力的に研究活動を続けてまいります。引き続き、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。
公開日: 2025/09/29